『超体験型倉敷民藝を感じるエクスペリメンタルツアー』体験レポート

日常の生活で使う家具や道具に意識を向けたことがあるでしょうか。

観光地、倉敷美観地区は江戸時代に建てられた建造物も残る場所です。ガイドブックで紹介されるのは町並みやくらしき川舟流し、グルメなど。倉敷市出身の筆者も倉敷美観地区を訪れると、美しい町並みやグルメに目が行ってしまいがちになります。これまで数え切れないほど倉敷美観地区を巡っていますが、今までとはまったく違う角度から街に触れるツアーに参加しました。民芸に着目し、学びながら肌で感じ考える内容です。街と民芸を五感で感じるツアー内容を紹介します。

ツアー行程

ツアーを運営するのは株式会社よしゐ屋BASE(TAKAHASHIGAWA TRAVEL)。地元、高梁川流域でツアーを展開する地元密着型の旅行会社です。
高梁川流域とは、倉敷市、総社市、早島町、浅口市、里庄町、笠岡市、矢掛町、井原市、高梁市、新見市が含まれる地域を指します。

ツアーの初めに、TAKAHASHIGAWA TRAVELの代表 原浩之(はら ひろゆき)さんから挨拶がありました。

ツアーのこだわりは4つあります。
・高梁川をテーマにしたツアーを実施
・ツアーのストーリーを感じてもらう
・対象は外国人
・ガイドや通訳のひと自身も魅力のひとつとして感じてもらう

ツアー当日に行われた向松寮でのスタッフ打ち合わせの様子
注釈:写真右から3番目が原さん

筆者が参加した「超体験型倉敷民藝を感じるエクスペリメンタルツアー」は、民芸に着目し、美観地区を巡る内容でした。なぜ倉敷と民芸なのか。歴史を振り返ると倉敷から民芸が広まったからです。

タイムテーブル

9時30分 語らい座 大原本邸に集合

10時   融(とをる)民藝店の店主 山本さんによる解説

10時30分 倉敷民藝館の館内ツアー

11時15分 倉敷の町並みを楽しみながら向松寮へ

11時40分 民芸の食器選び

12時    巻き寿司づくり体験~実食

14時   融民藝店と倉敷民芸へ立ち寄る

外国人参加者のなかには日本語が分からないひともいましたが、言葉が分からなくても大丈夫。
通訳案内士の千先ゆう子(せんさき ゆうこ)さんが民芸について難しい説明も分かりやすく英語に。

通訳案内士のせんさき ゆうこさん
注釈:千先さん

それでは、ツアーの中身を見ていきましょう。

民芸を知る

出発地点は、「語らい座 大原本邸」から。株式会社クラレを設立し大原美術館を創立するなど、倉敷の発展に貢献した実業家 大原家の本邸です。

大原家本邸の外観

江戸時代後期の町家建築である建物で、敷地は約700坪。いくつもの倉が並ぶ、石畳の道の奥にあるブックカフェで、まずは民芸について学ぶことから始まりました。

講師の山本さんから解説を受けるツアー参加者の皆さん

講師は山本尚意(やまもと たかのり)さん。美観地区内にある融民藝店の二代目店主です。倉敷市出身で、50年以上続く融民藝店の先代の店主が高齢のために引退されたのを機に、店を受け継ぎました。

思想家 柳 むねよしの写真を見せながら解説を行う山本さん
注釈:写真左が山本さん

民芸をまったく知らなくても心配ありません。民芸とは何かから教えてくれました。簡単に山本さんの話をまとめます。

日本で民芸を広めたのは思想家 柳宗悦(やなぎ むねよし)でした。彼が民芸に出会ったのは朝鮮からのお土産の器を見た時。誰が作ったか分からないが、最先端の技術をもって作られた白い器に衝撃を受けました。日本にも同じようなものがあるのではと思い、各地を巡るように。

訪れた先で彼が目にしたのは、家のなかに無造作に置かれている道具や木像など。庶民のために作られた物たちは、使い手にとってまったく特別感はありませんでした。しかし柳は、それは暮らしのなかから生まれた美であり、価値のあるものだと考えました。ただの生活道具ではなく、美しさが備わった民芸品なのです。柳が各地の民芸を集めたものが倉敷民藝館に納められています。

倉敷民藝館に展示される様々な色カタチの陶器

倉敷民藝館の初代館長だった、外村吉之介(とのむら きちのすけ)も日本の民芸において、欠かせない人物です。彼は日常的に使うものには、華美な装飾がないのがいいと思っていました。技術的に作れたとしても、シンプルなデザインを好んだのです。

倉敷民藝館に展示されているノッティング
注釈:シンプルな柄のノッティング

山本さんは、倉敷民藝館に展示されているものを取り上げながら説明を続けました。例えばフランスで作られた鳥かご。鳥のことを考えて、高く飛べるように、そして風通しがよい設計に。でも逃げないように強く頑丈に、と作られました。

1979年にメキシコで作られた竹製の鳥かご

シンプルだけど機能的で、長く使えるように頑丈。柳と外村が集めた民芸の特徴だと山本さんは語ります。自分の技術を見せたくて作っているのではなく、家族のため、使い手のために作った民芸品。どのような意図や想いで作られたのかを倉敷民藝館で感じてほしいと参加者に投げかけ、語らい座 大原本邸をあとにしました。

民芸に触れる

日本で二番目に誕生した、倉敷民藝館を訪れました。日本や世界各国の民芸品が展示されています。

倉敷民藝館の入口外観

受け付けすぐ横の階段を上がると、まずは岡山の民芸品の展示がありました。倉敷ガラスや倉敷はりこなど、倉敷市出身のひとなら馴染みのあるものも。

倉敷民藝館に展示される干支の倉敷はりこ

現代でも見かける品がある一方、「昔のひとはこんなものを使っていたのか」と思ってしまう、日常生活から消えた道具もありました。

倉敷民藝館の囲炉裏のある畳敷きの部屋

鳥取と島根の焼き物などがある場所には、山本さんの話に出てきた「家のなかに無造作に置かれていた木像」の展示も。立派な像を眺めていると、なぜ家のなかに転がしていたのかと思ってしまいました。しかし「立派」と感じるのは山本さんの話の影響や、展示されているからなのかもしれません。自分の家に転がっているものへ、いかに目を向けて価値を見いだせるか。日常に潜む美や価値を見つけられたところから、民芸への理解が深まるのではないかと木像を眺めながら、筆者なりに考えました。

箪笥の上に置かれた木彫りの十一面観音像

特に印象に残っているのは囲炉裏(いろり)のある部屋での展示です。今では日常生活で見る機会のない機織り機が置かれ、衣服が壁に掛けられていました。刺し子の模様が美しい衣服です。「布を頑丈して長持ちさせるために模様を縫っています。美しくしようと思ってしているわけではありません。機能性を求めていた結果、美しい仕上がりになっています」と山本さんは語ります。売り物としてではなく、家族のために作ったものはデザイン性より機能性を求めているのでしょう。それが自然と「美」に繋がっているのです。

群青色の布地に生糸で刺し子の模様が施されたされた生地が壁に掛けられている。

囲炉裏のある部屋には円卓を囲むように椅子が置かれていました。生活を感じられる展示がされています。取っ手が丸く削れるほど使い込まれていますが、大切に扱われていたと伝わります。新品にはない、かつての持ち主の面影を感じる椅子たちを眺めていると、想像が膨らみました。どのようなひとが腰を掛けて、思い思いの時間を過ごしてきたのだろうと。

花瓶が乗った円卓をそれを囲む様々な椅子

フランスの焼肉コンロがありました。つぼ型のかわいらしいフォルムです。こちらも意図せず、機能性を求めた結果、かわいい形になったのでしょう。家族は少なかったのでしょうか。それとも肉は希少で小さなサイズで足りたのでしょうか。想像が膨らみます。今も使えそうなデザインで、家にあったら楽しい焼き肉ができそうです。

フランスで作られたつぼ型の焼き肉コンロ

名もなきひとが作った、美を秘めた品を見て、使い手や暮らしを想像しながら巡った倉敷民藝館を後にし、次は巻き寿司づくり体験へ向かいました。

民芸を扱ってみる

倉敷民藝館から倉敷美観地区の町並みを楽しみつつ、向松寮へ向かいました。場所は倉敷えびす商店街を倉敷美観地区側に抜けて左手に現れる、阿智神社への参道のふもとにある建物です。筆者は何度もこの付近を訪れていますが、向松寮の存在にまったく気付いていませんでした。

長机と椅子が置かれた向松寮の室内

玄関をくぐるとまず目に入るのが民芸品の皿たち。色鮮やかな赤色や落ち着いた茶色のものなどさまざまです。ツアー参加者はこのなかから巻き寿司を載せるための皿を選びました。デザイン、質感、形、ひとつとして同じものはありません。自分の感性の向くままに選びました。

棚に並べられた民芸品の皿

巻き寿司を作る前に原直子(はら なおこ)さんからレクチャーがありました。原さんは「星の光の澄みわたり」というカフェを経営しています。原さんの子どもが学生だった頃、弁当に巻き寿司を持たせたエピソードを話してくれました。そんな家族との思い出もある巻き寿司をみんなで作ることに。お手本を見せながら、千先さんが英訳します。

左に立つ原直子さんと、右に立つせんさきゆう子さん
注釈:写真左が原さん

最近では日本人でも巻き寿司を作る家庭は少ないのではないでしょうか。外国人はもちろん、日本人にとっても「体験」となる巻き寿司づくりですね。具はあらかじめ原さんと娘さんが用意してくれていました。あとは好みの具材を選んで巻くだけ。と言葉で言うだけは簡単ですが、果たしてうまくいくのでしょうか。

竹籠の上に盛り付けられた巻き寿司の具材

原さんのレクチャーどおり、巻きすに海苔を敷いて酢飯を載せます。上2cmほど残すのがポイントです。しゃもじを扱ったことがないのか、直接手で広げている参加者もいました。均等に広げるために手でご飯をぎゅっぎゅっと押してしまっていたところ、原さんが「ご飯をつぶさないでね」とアドバイス。中国人の参加者はあっという間にご飯を敷き詰めて具材を載せていました。男性参加者は酢飯の追加を。みなさん思い思いに楽しく巻き寿司を作りました。

原さんにサポートを受けながら寿司を巻くツアー参加者

具を載せてくるっと巻くのは、原さんのサポートを受けながらみなさん無事に成功できました。巻き寿司を切る時もそれぞれ個性が出て、驚くほど薄く切るひともいれば、包丁にくっつくご飯に苦戦するひとも。切り終わった後は、自分が選んだ皿に盛り付けました。盛り付け方も感性が活かせます。花の形のように並べたり、横一列に並べたり。

皿に盛られた巻き寿司とお味噌汁。

自分が作った巻き寿司を民芸品の皿に並べると立派な一品に。ちょっと形が崩れていても味が出ています。民芸品の力に驚かされます。同じものを載せても器が良ければ、さらに見栄えもよくなるのだと改めて気付かされました。同じ巻き寿司ですが、皿も並べ方もまったく違います。参加者の感性が活きた一品ができました。

それぞれ椅子に座り、巻き寿司を食べる前のツアー参加者の皆さん

一生懸命作った巻き寿司の実食です。他のひとと自分のものを比べながら会話も弾みます。自分で作ったものは格別ですね。民芸の美に触れながら日本食を作る貴重な体験となりました。参加者は初対面のひと同士の集まりでしたが、食事を共にすると一気に親しく。体験があると会話が生まれ、仲良くなれる機会があるようですね。

民芸を買う

食後は、民芸品を買いに2店舗巡りました。まずは「手仕事の店 倉敷民芸」へ。主に木と竹の民芸品を扱う店です。木の椀やさじなど日常的に使えるものばかり。網目の美しい山ぶどうのカゴバックもありました。シンプルながら飽きのこないデザインの民芸品。一つひとつが手仕事で作られているため、機械づくりにはない温かさがあります。

「手仕事の店 倉敷民芸」で店主の方の話を聞く参加者の皆さん

参加者のなかに箸を買っているひともいました。和食か自国の食事なのか、箸を使って何を食べるのでしょうか。職人の技が光るものを生活に取り入れると、暮らしが豊かになりそうですね。

「手仕事の店 倉敷民芸」の商品である棚に並べられた皿

次に向かったのは山本さんの店「融民藝店」。
こちらには倉敷の職人が作ったガラスの器や倉敷ノッティング、い草で作ったワインボトル入れなども販売されています。

「融民藝店」の店内

照明は必要最低限で自然光を活かした店内は、倉敷民藝館に通ずる点がありました。山本さんは倉敷民藝館の展示を「スポットライトを当てずに自然光を活かして展示しているため時間や天気によって見え方が変わる」と説明されていました。きっと融民藝店も同じなのでしょう。訪れた日は雨だったので、店内に光がほとんど差さず落ち着いた雰囲気でした。商品も雨のようにしっとり静かに置かれているように感じました。

「融民藝店」店内に並べられたガラスのコップや器

倉敷民芸と融民藝店は徒歩約30秒しか離れていないですが、まったく雰囲気や商品の見え方も異なりました。民芸について学んだためか、一つひとつの品をじっくり眺めて美を感じられたように思います。

おわりに

民芸に着目して倉敷美観地区を巡るTAKAHASHIGAWA TRAVELのツアー。五感を使って民芸に触れることで感性が磨かれたように感じます。受け身になりがちな一般的なツアーと異なり、自ら動き体験することで記憶にも深く刻まれました。倉敷美観地区を何度も訪れている筆者にとっても新しい発見の連続でした。唯一無二と言っても過言ではない、特別なプランに参加してみませんか?

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